醸造家として”シラフでも楽しめる世界”をつくる

CIRAFFITIブルワー・橋本龍寛

「シラフでも楽しめる世界をつくる」をブランドコンセプトに、日本で初めてとされるノンアル・ローアルコールクラフトビール専門の醸造所を立ち上げた、CIRAFFITI。いよいよ第一弾となる商品の販売開始に向け、ブルワー(醸造家)としてブランドを支える橋本龍寛にインタビュー形式で話を聞いてみました。

 

ーー2022年6月から約1ヶ月間かけて行ったクラウドファンディングは、開始からたったの15時間で目標金額200万円を達成するという大反響でした。多くが、コンセプトである「シラフでも楽しめる世界」に共感し、いち早く商品を味わってみたいという思いからの支援だったと思いますが、橋本さんご自身はCIRAFFITIのコンセプトにどのような思いを持っていらっしゃいますか?

 

橋本 今はブルワーとして日々ビールと向き合う日々ですが、実は僕自身は醸造の経験も、ビールに関わる仕事に就くことさえも初めてなんです。前職では大阪の会社に勤めていて、営業職で自分の身体に無理をさせながら働いていました。接待や付き合いでほぼ毎晩飲み続け、最終的には身体を壊してしまい、病院では「酒を飲まないように」とドクターストップまでかけられてしまいました。それからは極力お酒を飲まないようにしていたので、飲み会の場では仕方なしにノンアルコールビールを飲んでいたのですが、正直あまり美味しいとは思えませんでした。味はあくまでビールの代替品という感じで、お酒のように味や香りを楽しむものではないし、周りはお酒をのんで楽しそうな中、自分だけがのめないのは寂しくもなりますよね。

 

ーー橋本さん自身が、“シラフ”でいることを楽しめない経験をされていたんですね。

 

橋本 はい。まさにそんな時に、代表である古田から「ノンアルコールビールを作るぞ」と言われました。もちろん僕自身もビールなんて作ったこともなかったですし、会社としても初のビール事業になるので、知識も経験もないゼロからのスタートでした。最初は正直驚きましたが、古田から「もっと自由に楽しくのめるノンアル・ローアルコールビールブランドを作りたい」という話を聞いて、自分自身の経験からも「それは世の中にあったらいいな!」と思えました。僕みたいに、のみたくてものめない人や、お酒をのまずに楽しみたいという人たちもたくさんいると思うんですよね。そういう人たちが、のめないことやのまないことにネガティブな気持ちにならず、むしろ後ろめたさや寂しさをぶっ飛ばして楽しめるようなノンアル・ローアルコールビールを作っていきたいと考えています。

 

ーーCIRAFFITIはどんなノンアル、ローアルコールビールをつくろうと考えていますか?

 

橋本 CIRAFFITIは、自分達の作る商品をノンアル・ローアルコール”クラフト”ビールと呼んでいます。日本では、大手のビール会社が作る商品に対して、各地の小規模な醸造所で作られるビールを「クラフトビール」と呼ぶ認識が根付いていますが、僕たちが意識しているのは、クラフトビールが持つ”多様性”の部分です。クラフトビールの世界では、各地の小規模な醸造所がそれぞれの土地や製法の個性を活かしながら、様々なスタイルが作られてきました。一言にクラフトビールと言っても、さっぱりとした飲み口のものからどっしりと深い味わいが楽しめるもの、苦味が強いもの、逆に甘みを感じられるものなど、味わいや香りの幅がとても広いのが特徴です。そのような多様性があるからこそ、ワインのように、料理に合わせてビールを選ぶ楽しみ方もされています。一方で、ノンアル・ローアルコールビールはあくまで”ビールの代替品”という認識でのまれていて、味わうことを楽しむ”嗜好品”にまでは行き着いていません。

それは、そもそもの種類が少ないということもありますが、同時にノンアル・ローアルコールビールをシーンに合わせて選ぶというスタイル自体が作られていないからだと思うんです。そこでCIRAFFITIでは、クラフトビールが持つ”多様性”というスピリットを活かし、様々な味わいを増やしていくことに加え、ノンアル・ローアルコールビールを「シーンに合わせて選ぶ」楽しみも作っていきたいと考えています。

 

ーークラフトビールが持つ多様性を活かしながら、シーンに合わせて選ぶという新しいスタイルも拡げていく。これまでにないノンアル・ローアルコールクラフトビールという新たなジャンルを開拓していくことになりそうですね。

 

橋本 いかにビールに近づけるかということよりも、様々なシーンにCIRAFFITIという新たな飲み物があることで、その時間をより楽しめるようになることの方が大事だと考えています。例えば、サウナの後に呑みたいビールだったら塩味のある味だったり、チルな音楽を聴く時に呑みたいビールだったらハーブの香りが心を開放してくれるようなビールだったり。CIRAFFITIをのみたいと思ってくれる人たちのシーンやシチュエーションをイメージしながら、一つ一つ新たな味わいを作っていくことが、新しいノンアル・ローアルコールクラフトビールのカルチャーを作っていくんじゃないかと考えています。

 

ーー目指す味わいや香りを実現するだけでもたくさんの苦労があったことを想像しますが、同時に、ノンアル・ローアルコールコールビールであるためにはアルコール度数を1%未満に抑えなければなりません。両方を実現するまでには、どのような過程を経てきたのでしょうか?

 

橋本 最初の勝負は、水に対してどのくらいの割合で麦芽を含ませるかという”比重値”を決めるところからでした。ビール醸造の要となる「発酵」は、酵母が糖分を分解してアルコールを発生させることを言います。発酵に必要な「糖分」というのがつまり麦芽なのですが、全体に対しての麦芽の量(=糖分の比重)が多すぎると必要以上に発酵が進み、アルコール度数が高くなってしまいます。逆に少なすぎると発酵が進まず、アルコールは抑えられますが、目指す味わいからは遠ざかってしまいます。その絶妙な割合を見つけ出すために、研究施設で何百回と実験を重ねることからスタートしました。

1年近くかけて開発を進める中で、アルコールを発生させにくい酵母に出会えたことで実現にかなり近づいたんですが、それでも初期はやはりアルコールが発生しすぎてしまったり、味わいとのバランスが難しかったりと苦労しました。クラフトビールだと海外も含め過去の文献や他企業の事例が豊富にありますが、ノンアル・ローアルコールビールの場合はまだ実績が少ないので、手探りで仮説と検証を重ねていくしかないということがとても大変でしたね。

 

ーーその後醸造所に移り、実際の設備で作り始めてからはスムーズに進んだのでしょうか?

 

橋本 まさにそこからが次に直面した難しさでした。研究施設ではアルコールの発生を抑えながら理想の味わいを実現するレシピを完成させましたが、それはあくまで研究として少量で作るレシピにすぎません。実際には、タンクなどの設備を使って、その何十倍もの量を一度に作らなければなりません。当然、研究施設で作るのとは使う道具や温度などの環境も異なるので、酵母の動きも全く想定通りにいきませんでした。毎日数値をとって、どんな温度や湿度や環境で、どのタイミングで酵母の動きを止めるのがベストなのか見極めていくのですが、一度成功したレシピで別の日に作っても、発酵が進みすぎることもあるし、逆に思うように発酵が進まない時もあります。100%同じものは作れない、というのが小規模な設備で作るクラフトビールの面白さでもあり、難しさでもあります。

 

ーー橋本さん自身はブルワーとして今後どのように取り組んでいきたいと考えていますか?

 

橋本 ブルワーとしては、日々勉強と経験を積みながら試行錯誤している最中です。しかし、経験のある醸造家であれば常識的にNGとされていることも、ビール作りに対して未経験だからこそあえて挑戦してみることができる点は、強みでもあると思っています。そもそも「NGだ」ということさえ知らないので、チャレンジしてみたくなっちゃうんですよね。案の定、それで失敗することもありますが、そこから「だったらこうしたらどうかな」「これもできるんじゃないか」と、新たな疑問やチャレンジが生まれてきます。CIRAFFITI自体が”シラフでも楽しめる世界”を実現する、これまでにない新たな商品を作っていくブランドなので、醸造を担う自分自身も常に新しいことに挑戦し続けていきたいです。

また、作り手である僕自身が、のめない・のまなくても”シラフで楽しめる”ことを求めていた側でもあるので、「こういう商品があったらいいな」という買い手側の気持ちも想像できます。作り手としても、また「シラフでも楽しめる世界」を求める側としても、自分自身の経験や感覚を活かして、常識にとらわれずに新しいノンアル・ローアルコールクラフトビールを作っていきたいと思います。

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